満州事変の起点とは

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「アサヒグラフ」(1928〈昭和3〉年5月23日号)
「敵弾に倒れた兵士の収容」

解説 満州事変の起点は、極東国際軍事裁判(東京裁判)以降、1931年9月18日の柳条溝(柳条湖)事件と規定されていますが、それは連合国側や中国の都合上の歴史認識であり、実際に日本と中国側が直接矛を交えたのは、この洛南事件だったのです。1927年の上海騒乱や南京事件とこの1928年に勃発した洛南事件を審議すると、戦後の「日本罪悪史観」は真逆になるのです。

これらの事件は、「15年戦争史観」の枠外で、一方的な中国側の暴挙に端を発しており、連合国側も中国も、そして戦後の日本の教育界も、そのことをひた隠しにしているのです。

出典:水間政憲著 ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍

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