米英兵ら

「アサヒグラフ」(1927〈昭和2〉年4月27日号) 「警備中の米英兵」 出典:水間政憲著 ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍 子孫が何も知らないはずないよねぇ?

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菓子屋に落ちた流弾

「アサヒグラフ」(1927〈昭和2〉年4月27日号) 「風亭の菓子屋に落ちた流弾」 解説【1927(昭和2年)の上海騒乱】この流弾は、中国側が発砲したものですが、内乱に対する日本側の対応の甘さによって、中国側の日本への嫌がらせが増長していくことになったのです。現在の日本の対応と似通っています。 出典:水間政憲著 ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍

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警備にあたる英国兵

「アサヒグラフ」(1927〈昭和2〉年4月27日号) 「警備にあたる英国兵(前方に立っているのは司令だんかん少佐)」 解説【1927(昭和2)年の上海騒乱】この騒乱での在留外国人の被害は、ほとんどありませんでした。 しかし、この上海騒乱から、共産党が政権を奪取する1949年までの間、表面的な「国共合作」があっても、じっしつてきには内戦状態だったのです。阿片戦争以降、中国で最大の外…

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「ある軍人の自伝」より

〈上海動乱〉 「領事が神経痛のため、病臥中をかばう夫人を良夫の前で裸にし、薪炭クルマに連行して二十七人が輪姦したとか、三十数名の婦女は少女にいたるまで凌辱され、現に我が駆逐艦に収容されて治療を受けたものが数十名もいる・・・・・・・警察署長は射撃され瀕死の重傷を負った。抵抗を禁ぜられた水平が切歯扼腕してこの惨状に目を覆うていなければならなかった」 「これが日本の平和外交の現実か、結…

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中国政府内の革命軍と共産派や過激分子との闘争現場跡

「アサヒグラフ」(1927年〈昭和2〉年4月27日号) 「ものすごさを語る血染めの道路」 解説【1927(昭和2)年の上海騒乱】この血染めの道路は、中国政府内の革命軍と共産党派や過激分子との闘争現場跡です。在留外国人には非常に迷惑だったのです。戦後の歴史認識では「戦前の15年」を切り取って、中国へ日本が一方的に侵略したなどと声高に批判されています。しかし、この写真でも一目瞭然です…

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